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自由競争の表と裏

月曜日, 2月 11, 2013
何故、人は絶対値よりも相対値を求めるのか。そのせいで悔しさや妬みが生まれるというのに…。
嫉妬に取り憑かれた人は愚かだが、悔しさは目標達成のインセンティブになるケースもある。

自分が基準なら目標を立て、その目標と照らし合わせ現実と比較するならまだ分かるが、現実には他人を基準として絶対目標を狙わない人達が一定数いる。
そもそも目標もなく他人との相対化だけで行動している人もいる。

…というように今回は自由競争とは何かを勝手に考えたい。
自由競争のコインには裏と表がある。

まずは自由競争の表側の方から。

例えば世界陸上の決勝100m走で10秒を切らないタイムでも他の走者が全員転んで自分だけ走り抜けばそれで1位である。だから勝ちに貪欲になることが勝負の世界では必要で、世界新記録を出すペースで走っても隣の走者がさらに速ければ2位で終ることもある。当然1位が記録も順位も総取りだ。最下位競争の8位も9位も当然必死に走り抜ける。これはそもそも決勝まで上がってくる人に手抜きで走る人などいないからだ。

このように競争上位では好循環の競争がおこなわれる。
一方、自由競争の裏側を見てみよう。

それは足の引っぱりあいだ。
競争下位では本来の目的とは関係のない、しょうもないことで争ったりそれに勝つことに必死なる。
しかも絶対的目標がない為に勝ってもなんの生産性もない。ただ勝っただけだ。
勝つ意味があるもの意外を競争させるのは資源の無駄である。

このように良い面と悪い面がある自由競争。

競争下位にいるものには違うインセンティブが必要である。例に出したスポーツでは八百長がない限り、競争により選別され真の自由競争がおこなわれていると思うが、そのフィルタリングが機能しない見せかけだけの成果主義を取り入れた企業などのシステムでは競争下位が上位の足の引っぱりだすことになりかねない。
下にいる人達には上にいる人達の邪魔にならないようにする為に違うインセンティブが必要である。
何故ダメかと言うと下の人達は目標達成のインセンティブが低いからである。
それをどうすれば良いのかを今日はふと考えていた。
鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギスは実行するのがなかなか難しいが、どの程度で収めるか手腕が問われる。

書きながら論点が整理されたので、今後は「では、どうすれば良いのか?」を突き詰めるとしよう。

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